「医療の現場から発信する理由」Part.3

あらゆる分野で活躍する医師の声をドクタスが取材「ドクターズインタビュー」
ドクターズインタビュー

医師に特化したヘッドハンティングサービス「ドクタス」
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長尾和宏 Kazuhiro Nagao × DOCTUS ドクタス

プロフィール-医師・長尾和宏(ながおかずひろ)-
1984年に東京医科大学卒業後、大阪大学第二内科に入局。1995年兵庫県尼崎市にて長尾クリニックを開業。外来診療と在宅医療を通して患者さんと接するにつれ、医療、社会、政治の仕組みに様々な疑問を持つようになる。タバコ問題にも取り組み、2009年5月に「禁煙で人生を変えよう~騙されている日本の喫煙者~」を出版。同年7月には参議院議員の梅村聡氏とともに「パンドラの箱を開けよう」を出版し、医療の現場からの意見を発信し続けている。

医師・長尾和宏

認知症――“ボケ”という言葉で片付けられていたのは昔の話。今や大きな社会問題として看過できない病気となった認知症。“町医者”として年中無休で在宅医療、予防医学に取り組み、医療再生のため現場からの発信を惜しまない長尾クリニック院長・長尾和宏医師へのインタビュー第3回は、認知症診療の現場からの声をお伝えする

■認知症は癌よりもずっとずっと大きな社会的課題である

癌は痛くて怖い病気として患者さんも政策上も重要視されてきました。しかし最近では認知症が社会問題として取り上げられるようになってきましたね。


確かに癌は医療政策上、重要視されるべき病気ですし、マスコミで取り上げられるのも良いことだと思います。しかし私は、認知症は癌よりもずっとずっと大きな社会的課題である、と考えています。

ずっと大きな課題と考えられるのはなぜでしょうか?


癌は既に緩和ケアの概念や学問体系が確立され、普及期に入っています。抗がん治療や緩和医療はすでに社会的な医療システムとして組み込まれていますし、外来抗がん剤治療の普及もあり入院期間も短くなる傾向です。ですが、認知症は実に長い期間、おつきあいする病気です。患者さんが街を徘徊すれば、消防や警察など地域を巻き込んでしまう事も往々にしてあります。これは、医療という枠だけに収まらないまさに社会的課題と言えるでしょう。少子高齢化が進んだ日本では、急増する認知症と地域社会としてどう向き合っていくか。真剣に考えていくべき段階に入りました。

癌に比べると、認知症はこれまで、社会的にあまり取り上げられていなかったと?



事の重大さや深刻さの割に、医療界やマスコミではあまり取り上げられていないと思います。芸能人や有名人で「私は癌患者であり、闘病生活をおくっている」と告白する人はたくさんいます。ですが、「私は認知症です」や「家族が認知症です」と公表する人はまだ少数です。また、世間一般でも癌の方が難しい病気だと受け取られていて、癌を治す医師の方が認知症診療に長けた医師より偉い医師だと思われがちです。

実際、認知症医療のどこが難しいのでしょうか?


医師・長尾和宏医療に限定しますと、まず診断が重要です。プライマリーケアの範疇で診断可能な場合が大半である一方、専門医の診断を要するケースも少なくなく、病診連携システムの構築が急務です。塩酸ドメネジルの登場で中核症状の治療には進歩がみられますが、最大の課題はある程度認知が進んでから悩まされる周辺症状(BPSD)への対応の難しさにあります。これは病期や患者さんによって大きく異なります。薬物選択も重要ですが、BPSDへの介護面での対応の仕方だけでも一冊の本が書けるくらい膨大なバリエーションがあると感じます。たとえば認知症のデイケアでも、色々な試みがなされていて驚かされます。大阪のあるデイケア施設では、お寺の境内を開放して認知症の患者さんに1日中、境内で自由に過ごしてもらいます。要するに放しがいにするわけです。すると砂遊びなど好きな事をしてしっかり疲れて帰宅するとよく寝てくれる…これで周辺症状がなくなるというんですね。これは薬物を使わないという分かり易い事例だと思います。



■認知症の現場には問題山積

認知症の在宅医療について、現状ではどうなっているのでしょうか?


施設介護やグループホームといった認知症患者の受け入れ施設は常に満員で、自治体財政の悪化から多くの自治体では新設が抑制されています。その結果在宅介護を余儀なくされる方が増加しています。しかし介護保険でも全くカバーしきれていないのが現状ですね。

実は今度、『老老・認認、時々・末期癌』という本を書こうかと思っています。(笑)老老介護、認認介護、つまり老人が老人を介護し、認知症の人が認知症の人を介護する…尼崎ではこれがむしろ普通なのです。認知症の方が何人かいて末期癌の方が時々といった調子なんですよ。これまではマスコミ的には癌の方がクローズアップされてきました。世間一般でも「癌はまだ語れるが、認知症は忌み隠すべき病名だ」と思われています。でも当院では毎日のように、認知症に関する相談があります。

認知症が社会問題としてクローズアップされてきたのも、それだけ認知症の患者が増えてきたということでしょうか。


医師・長尾和宏本当の理由はよくわからないのですが、確かに急に増えてきた印象があります。糖尿病は戦後、50倍に増えたわけですが、認知症も年々ものすごい勢いで増えています。それも単に長生きするようになったから増えたというわけでもなく、病気として増えている印象です。食事の欧米化と関係があるのでしょうか。最近の日本医事新報では『認知症の医師が増えている』という学術論文が掲載されている位ですら、決して他人事ではありません(笑)。

でも、認知症は介護の場が十分に整備されておらず、対応も追いついていないと?


認知症の場合は治療以外にも様々な問題があります。自己決定ができなくなった患者さんに果たして延命処置をどこまでするのかどうかは、人権上も難しい問題を孕んでいます。たとえば尊厳死の問題です。一旦延命処置を施したあと、もしご家族の希望に従って人工呼吸器や延命機器を外したりすれば、医師は殺人罪で逮捕される可能性があります。これは医師法21条の問題ですね。

また、尊厳死を選ばれた場合にはどこで最期を迎えるのか。グループホームなどの施設はまだまだ施設内看取りを嫌うところが多いですから、在宅で看取るケースも増えています。しかし普通の開業医にとって、認知症は難易度の高い在宅医療となります。また、施設そのものが不足していますから、隙間産業として乱立している老人マンションしか療養の場の選択肢がないという現実もあります。実際、そのような場所の管理体制は十分ではなく、いわば法的な規制外であり、実際に管理不足に起因する事故で亡くなられたといった患者さんもいました。認知症患者さんへの政策を急いで頂きたいものです。


■認知症は地域の問題として取り組むべきである

認知症が抱えるさまざまな問題解決のための、何かヒントはあるのでしょうか?

医師・長尾和宏認知症において医療(キュア)はサブであり、メインとなるのはやはり介護(ケア)です。しかし、ケアのウエイトが重すぎて介護保険ではとてもとても対応しきれていません。一方、認知症サポーターなどのボランテイア養成も遅れているのが実情です。認知症治療薬を販売する製薬会社からの情報提供は、法的に医師のみが対象と限定されていて、一般市民への認知症の啓発活動には援助が受けられません。そこで個人レベルの活動がまだまだ中心です。

たとえば兵庫県西宮の「集い場さくらちゃん」の丸尾多重子さんが主宰する「かいご学会」という全国規模の認知症の勉強会が一昨年から開催されています。この春にも「介護の未来」という素晴らしいシンポジウムが開かれましたし、今年の11月23日にも関西学院大学で第3回の「かいご学会」が開かれます。ちなみに「かいご」の、「か」は介護、「い」は医療、「ご」はご近所という意味で、大変ユニークで温かい勉強会です。全国から医療・介護者・市民など数百人が参加します。

介護保険制度だけではカバーできない部分は、民間のボランティアや有志によって支えているのが現状です。丸尾さんのボランティア活動は、最近介護を苦にした有名人の自殺もあり、みのもんたさんの人気テレビ番組でも大きく報じられました。

医師・長尾和宏また私自身も「医療が抱える諸問題は、民間主導でしか前に進まない」と感じるところから、3年前から兵庫県から助成金を少し頂き「尼崎・生と死を考える市民フォーラム」を開催してきました。こちらは私が代表を務める「ケアネット尼崎」が主催です。

今年の春に開催された第3回目の会にはなんと650人もの参加者がありました。ベストセラー「がん難民コーデイネーター」の著者である藤野邦夫さんにメインの講演をして頂きました。勤務医やがんセンターの専門医も聞きに来てくれたのには驚きました。これまで3回のテーマは「癌」や「看取り」でした。メイン講師から敢えて医師を外すのは私のこだわりです。医療者の上から目線ではなく、医療者、介護者、患者さんがフラットな目線で語り合う親しみやすい市民フォーラムを目指しています。医師会主催では絶対にできないような企画を、たとえばお坊さんや葬儀屋さん、はたまた吉本の芸人さんなど幅広い方に講師をお願いしています。葬儀屋さんには毎回講演していただいていて、「生と死」の看板通り、死を決してタブー視ししないで取り組んでいます。そして第4回目はついに「地域で認知症を診る」というテーマで今秋に開催する予定です。先ほどの丸尾さんにメインの講演をお願いしています。

認知症は根が深くてあまりにも大きい問題だということがわかりました。今後、解決していくために欠かせない事は何だとお考えですか?


やはり医療・介護の現場から、現状や問題点について発信し続けることです。このエネルギーがやがて社会や企業や行政を動かすと信じています。もし介護の現場の労働環境が大変であるならば、遠慮したり立ち去らずに積極的に発信していかないと、この世界はいつまでたっても何も変わりません。文句を言っていいんです。いまこそ医療や介護は“聖職”だという自縛から解き放たれる時です。これは前回ご紹介した「パンドラの箱を開こう」のテーマでもあります。私はこれからもこうして医療現場からの発信を続けたいと思っています。

ありがとうございました。





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